Bonds with a soul

2015年06月03日

ある、という認識

目には見えなくてもそこに何かが存在することがある、という話をしましたが、敏感にそれを感じ取れない場合にはどうすればいいのでしょうか。

見えないから存在しない、という態度でも問題のない人は別として、気になるという場合にはまずは「ある」とか「ない」の判断ができないのですから、「ある」という前提で動くことです。

自分の家であろうと、神社仏閣であろうと、そこに何かしらの存在があるならば、礼儀を尽くすことです。

自宅であれば、住まわせてもらっているという気持ちを持ち、常に清潔にすることです。
何か工事等を行う場合には、工事をさせてくださいという気持ちを伝える(声に出してお願いするなど)ことです。

他の場所でも、敷地内に入る際にはきちんと挨拶(頭を下げ、入りますと心の中で構いませんので伝えること)をして、出る際にも同じように挨拶をすることですね。
これは相手が人間であっても当然のことですが、見えない存在となるとついつい忘れてしまいます。

あまり気にしすぎると身動きが取れなくなりますが、最低限の礼儀とというものを心掛けるだけでも違ってきます。

そんなことで変わるのか、という疑問があるかもしれませんが、一番の非礼は「無視する」ということなのです。
あるか、ないか、判らないのに一々そんなことを…というのは怠慢なのです。
判らないからこそ、礼儀を重んじることがわが身を守ることに繋がるのです。

そういえば、少し前に神社仏閣の建物や仏像がイタズラされたというニュースがありましたね。
罰当たりな…と思うでしょうが、そうは思わない人がいるのも事実。
そして本当にそういう人に罰が当たるか、といえば、罰を当てるだけの「価値」がその人にあれば当たるでしょうね。
ここが面白い(というと不謹慎ですが)ところで、誰でも罰が当たるわけではないのです。
罰を当てる価値がない、という人もいるわけで、自分がそういう人間になりたければ別ですが、最低限の礼儀は忘れないようにしていきましょう。

真実への扉は・・・本家にある

ニックネーム 虎山 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする