Bonds with a soul

2014年10月28日

守られるからには自分も自分を守る行動を取ること

車を運転していて、青信号になったから進もうと思ったら、赤信号で止まらなければならないのに猛スピードで近づいてくる車に気づきました。
そのスピードでは信号で止まれないかもしれないと思ったけれど、自分の方が青信号です。
そのまま交差点に入ろうとすると、やはり赤信号なのに止まらずに車が近づいてきました。
慌てて急ブレーキをかけて自分が止まると、その自分の車の前を信号を無視した車が通り過ぎました。

さて、あなたなら何を思いますか。

気づいた時点で自分の方が止まって様子をうかがえば、事故ギリギリのような状況は避けられますよね。
また気づいていたからこそ、ギリギリとはいえ、避けられたのでしょう。

自分の方が青信号なのだから、自分は悪くない。
そう、確かに法律ではその通りです。
しかし、そんなところで意地を張って先に進もうとしても、相手は信号に気づいていないのかもしれません。
なぜ赤信号なのに止まらなかったのか、その理由は様々でしょうが、自分の身を守るのは自分なのです。

どんなに神仏に手を合わせようとも、それで守ってもらえると過信していては、身を守ることはできません。
ただ、自分の観察力や冷静な判断が重要なのです。
しかし、確かにそれだけでもないのも事実です。

守られている、という感覚も必要なのですが、「過信」してはいけないのです。
自分は信じるのもがある、守られているのだからと、注意を怠ったり、冷静さを失えば、守りようもないというわけです。

信号の例でも、自分の方が青なのだから相手が止まるのが当たり前だという傲慢な自分があるのだということです。
最初に「あの車は止まりそうにないかも」と気づかせてくれたことが、これが守られているということであったとしても、傲慢な自分を押し通せば、そのまま大事故になるのです。

少なからず、人は何かによって守られているのですが(何かはもうお分かりですよね?)、手取り足取り何でもしてもらえるという感覚でいては、その望みは叶わないのです。

そして、自分に焦りがある時、利益ばかりを求めている時、冷静さを欠いているような状態では、守ってもらっていたとしても、それをキャッチできないのだと知っておくことです。

何かヒヤリとするようなことが起こった時には、自分が冷静に判断できない状態なのだと思い出すことですね。

真実への扉は・・・本家にある

ニックネーム 虎山 at 15:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする